今までの海外生活を振り返って、シンガポールに長く居すわってしまった理由について考えてみた

当初は2~3年の予定だった。
次に、5年の節目で動くべきだったのだが、そこでタイミングを逃してしまいずるずると…というパターン。
そうこうしてるうちに様々な事情により「シンガポール⇒次の目的地は日本」で確定してしまった。
今すぐ帰れ!というわけではないのだが、もう他の国へ移るという選択肢は消えた。
今までは、A国からB国へと行き先も移るタイミングもいつも自分の意志で決めてきた。
最後の決定は外的要因によるもの・自分の意志ではなかったが、なぜかすごくホッとした。
最後の滞在国が苦手なシンガポールだったから、その解放感か?
それとも実は、海外生活そのものに疲れていたのかもしれないけど。
「このまま一生海外に住むかも?」な~んて思っていたけれど、実際はこんな風にアッサリ終わるものだのだな、と思った。

残された期間は未定だが、あとは消化試合。
そう思ったらすっかり気が抜けて、シンガポールが嫌いだとか克服するだとかどうでもよくなってしまった。
5年を超えてから次第に慣れというか惰性というか抵抗感が麻痺してきてしまったというのもある。
当然、”シンガポール嫌いを克服する”ためのブログも筆が進まなくなってしまったというわけだ。
いい加減なもんだ。

Singapore flyer.JPG
ふと考えた。
何で好きでもない国にこんなに長く居たんだろうと。
超格差社会で、常にコンプレックスを抱えていたし、
狭い日本人社会に息苦しさも感じていた。
思い出せば憂鬱になるほど嫌な思いもたくさんした。
はっきり言っていい思い出の方が少ないぐらいなのに。

一番の要因は、仕事だと思う。
たまたま自分のやりたかった仕事があって、
それが正社員の仕事で、
日本よりストレスも残業も少なく働けて、
運よくビザの問題もクリアーし、
なんだかんだ安定してたから。

二番目の要因は、過去の海外就職・転職の失敗があったから。
1年とか1年未満で仕事を辞めてもいいことは一つもない。
それに帰国して再就職するにしても、他の国で新たに仕事を見つけて生活を始めるにしてもとにかくお金がかかる。
地方出身者の辛いところだ。
鉄分シリーズの記事の中でも書いたように、シンガポールに来て早々に挫折しそうになった。
しかし、シンガポールに転職するにあたってかかった引っ越し等の初期費用を回収してからでないと次はマイナス・スタートになってしまう。
過去に資金不足で海外転職を果たした国から撤退したこともあったからそれだけは避けたかった。
過去の失敗を繰り返さないように、充分な蓄えと、次に繋がる仕事の経験を積んでから…とか言って耐えながら働いていたら
いつの間にか他の国へ行くタイミングを逃してしまったというわけだ。

三番目の要因は、急に安定を求めるようになったから。
20代はフットワークも軽かったし、次へ行く勢いみたいのがあった。
でも、歳を重ねて次第に転職や引っ越しがめんどくさくなってきた。
新しい環境に飛び込むにも勇気がいる。
シンガポール国内で何度も引っ越しを余儀なくされて疲弊してしまったというのもあるが、
何度も経験した自力での”海外引っ越し”の大変さが身に沁みていたことも、次のステップへ進むことに二の足を踏んでしまった理由の一つかも。

HDB.jpg

シンガポールでの生活は最初はよかったがその後の数年はかなり苦しかった。
特に2010年頃から物価は急上昇し、2012年~14年頃は家賃が高騰した。
同じ物件の家賃が2倍になって、住み続けても貧乏、引っ越しても貧乏という負のスパイラルが続いた時期があった。
2015年ぐらいからようやく家賃相場が下がり始め、一番のネックだった”地獄の間借り生活”を抜けることができた。
そこからやっと(自分基準だが)”まともな”生活を送れるようになった。
(シェアハウスとかに抵抗がない人はいいよな~)
キッチンが自由に使えるようになり、自炊ができるようになって食生活も大きく改善されたのも5年以上長く住み続けられた理由の一つだと思う。
シンガポール人との交流の中で情報を集め、贅沢しなくても生きていける術を身に付けられたこともプラスに働いた。
身の丈に合わない贅沢な暮らしをしていたらここまで長持ちしていなかったとも思う。
狭くて退屈なシンガポールに嫌気がさした時は、たまに近隣諸国に旅行して息抜きした。
シンガポールの外にお気に入りの場所を見つけて、精神的な逃げ場ができたことも大きかった。

先が見えないときはキツかったけど、
次が決まったら、とにかくここにいる残りの時間は、毎日まじめに働いて、貯金して、そうすれば次になんとかつなげられるだろうという道筋が見えてきた。⇒今ココ
Tanjon pagar railway station.JPG
今まで何か国かで暮らしてみて、これまでの海外生活を振り返ると、
10代~20代は、行き先を決めるとき”好きな国””住みたい国”が基準だった。
たぶんその選択は間違いなかったと思うし、好きな国で暮らした喜びは今でも忘れられない。
でも、ある時気がついた。
いくら”好きな国””住みたい国”でも、履歴書に書いても仕方がないバイトに毛が生えたような仕事をして過ごしても先がないし、貯金ができなかったらただの遊びになってしまう。
誰もが住みたがる人気の国は仕事もないし、ビザも厳しい。(当然だけど)
暮らしやすさを優先させて物価の安い国へ行ったら行ったで、給料も安くなる。
色々とユルい国は楽だけど、人をとことんまでだらけさせるということも知った。
自分のような意志の弱い人間ならなおさらそういう国に長く住んだらヤバいと悟った。
仕事は簡単に見つかっても、悲しいかな通貨が弱い国で貯金しても意味がないことも…

結局、どこにいても体が動くうちは働かなきゃいけない。
体がいうことをきかなくなってからの生活のために、貯金もしておかなきゃならない。
それは日本でも、海外でも同じことだ。
どこに住もうが、どこで働こうが、どんな通貨を稼ごうが、一見すると自由だけど…ある程度その先の人生設計を考えておかないと、「しまった!!こんなつもりじゃなかった!!」ということになりかねない。
自分なりにあれこれ経験して、夢から覚めていくように次第に現実を知り、それ以降は完全に”出稼ぎ目的”の転職となったことは言うまでもない。

自分にとって最後の出稼ぎ先シンガポール。
庶民には相変わらずモヤモヤすることばかりの毎日だ。
全然スッキリしない。
でも、一生住むわけじゃないんだからと思えば、まだもう少しいられる気がする。
帰る国があるだけ幸せだ。






奨学金も返し終え、国民年金を払ってる。厚生年金はよかったなー



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この記事へのコメント

  • 台湾小町

    ご無沙汰しております!
    「現地採用帰国 タイミング」でググり、ドリアンさんの素敵すぎるブログにたどり着いたのが去年の10月。
    「頃合いをみて帰国します!」のコメントで〆たのですが、相変わらず台湾に生息しております。

    その理由は、ドリアンさんのお書きになった記事の通りでございます。明文化されすぎていて、心をのぞかれたか??と思ったほどです!
    とくに「急に安定を求めるようになった」に共感しました。
    20代のころの私の辞書には「安定」なんて言葉はなく、猪突猛進、なんでも全力投球でした。
    住まいを自力で探すことも、気になる会社に飛び込み、雇ってもらうという暴挙も楽しめました。
    今は日本に帰るの面倒くさくなってきたな…という体たらくです。
    仕事に没頭していると、台湾でも日本でもどっちでもいいかもと思ってしまいますし。
    でも…。台湾永住組と会うと「やっぱり違う…」と我に返ります。
    2017年11月02日 23:43
  • ドリアン月餅

    台湾小町さん

    こちらこそご無沙汰しております。

    現地採用ならではの悩み。
    自分の意志で来たからには、残るも残らないも自分次第…だからこそ悩みますよね。
    しかも延々とこれを繰り返すという。
    ブツブツ文句言いながらも、めんどくさくなって、結局ずるずると住むことを正当化するわけじゃないけど…
    理由なんてどうだっていいんですよね。
    ちゃんと仕事して生活してれば、誰に迷惑をかけることもないわけだし!

    >仕事に没頭していると、台湾でも日本でもどっちでもいいかもと思ってしまいますし

    全く同感です。
    かと言って、

    >でも…。台湾永住組と会うと「やっぱり違う…」と我に返ります。

    自分もです!!
    決して自分の中で受け入れたわけではないんですよ!!
    だから、やっぱり心のどこかで「もやっと」しています。

    正直、ブログもだんだんめんどくさくなってきていますが笑、やっぱりここを離れるまでは細々とでも書いていこうと思っています。
    2017年11月07日 23:35
  • マーライ子

    こんにちは。アーユーハッピー? ヒキり駐妻のマーライ子です。コメントは久しぶりですが、鉄分シリーズなど楽しく読ませていただいてました。

    今回の記事、感情的にならずに感情をしっかりと書き記されていて、名文だと思いました。長年の海外暮らしを武勇伝や自慢で味付けせず、ピュアなままで伝えてくださるドリアン月餅様の文章が好きです。ぜひいつか、ドリアン月餅さまの海外経験を、日本の中高生の子どもたちへ向けて書いていただけたらと思います。雑誌などでは、これからは海外だのグローバルだのと煽り、キラキラしたごく一部の人だけを取り上げます。しかし、自分だけを頼りにして、海外を渡り歩くということが実際にどういうことか、シンガポールで暮らすということがどういうことか、わかりやすく伝えてくれる大人は、なかなかいません。(そもそもシンガポールについて、現実が的確に伝わっていないですよね)

    多くの日本人は自分の経験、特に失敗や改善策をシェアしたがらなく、自分のした苦労は後輩にもさせたがります。また、既得権益を守るために、新参者を排除するのが得意技です。だから、日本人は古くから世界中に住んでたくさん税金を払ってきたのに、チャイナタウンのような同郷者を守り導いてくれる場所がひとつもないのだと、どこかで読んだことがあります。

    しかし、これからは日本に優秀な外国人が入ってきて、代わりに日本人の若者が一時的にでも海外へ出て行かなければいけない時代が来ると思います。政府もそのように仕向けていくようです。ドリアン月餅様がいくつもの国で暮らし、最終的に"東南アジアの奇跡"シンガポールへ来て、苦しみもがき、なんとか好きになろうとした経験は若者の心を打ち、勇気づけると思います。

    失礼を承知で申し上げると、ドリアン月餅様はいい意味で、普通の日本人男性なんです。海外を数カ国渡り歩いてシンガポールに何年も住んだとか聞くと、世捨て人ととか、外国女性専門ジゴロとか、そういう風味がして、日本人離れした特別な人だと思ってしまいがちですが、そうじゃないんですよね。貯金とか労働、人生に関する考え方や意味の持たせ方など、真っ当で説得力があるのです。

    どんなに激しい河の流れも、最後は穏やかで広大な海へ注いでいくように、人生ももっと思うまま、時には流されるままでいいのだと、不景気と不信感でビビりな大人たちに洗脳された若者たちへ伝えてやって欲しいです。

    私もこの先、いつまでシンガポールに暮らすのかはわかりませんが、必要以上にキラキラギラギラせずに、地に足のついた自分らしい生活をしていきたいと思います。

    たとえ消化試合でも、いいピッチャーは安定した球を放ってくれるはず。これからも、たまにのぞきに来ますね。
    2017年11月18日 19:20
  • ドリアン月餅

    アーユーハッピー?のマーライ子さん

    コメントありがとうございます!
    読ませていただいたとき、恥ずかしながらちょっと泣きそうになりました。
    書きたいことがうまくまとまらなくて、でも今の時点での自分の考えていることをなんとか文章にしたくて、深呼吸しながら推敲を重ねて書いた記事でした。
    自分の言いたいことが伝わって本当にうれしかったです。

    海外で働きながら生活することは全然すごいことじゃないんです。
    でも20代初めて海外に飛び出した時は、やっぱり夢見がちだったし、”なんとかドリーム”みたいものを無意識に追い求めていた気がします。
    結局、ごくごく普通の生活をドラマチックに演出してるだけで(舞台が外国ってだけで)実は平凡な日々を送っていたことに次第に気づいてきて、現在に至っています。
    シンガポールから日本の”海外で働く日本人”の記事を読んでもピンとこないのは、成功してるか・悲惨か極端な例しか書かれてないからだと思います。
    実際には”それ以外”の普通に暮らしている人がほとんどだということは日本に住んでいるとなかなか見えてこないものですよね。

    おっしゃる通り、自分は”一介のサラリーマン”なんです。
    結局は日本大好きで、日本に帰りたがってる自分がいます。
    シンガポールに来たことで得た一番のメリットは、日本に帰る決心がついたことです。
    他の国に比べて、狭い国土に日本人がひしめきあっているシンガポールで揉まれて一気に現実に引き戻されました笑

    ここシンガポールではマーライ子さんが目指す「必要以上にキラキラギラギラせずに、地に足のついた自分らしい生活」って強い意志を持っていないとけっこう難しいことだと思います。それでも、自分も便乗してマーライ子さんと同じようにバランスを保ち、安定したピッチングを目指したいと思います。

    ものすごく励みになりました!ありがとうございました!
    2017年11月20日 20:12